愛奴人形T +A dual personality+

混濁した意識の中で、『幸村』は目が覚めた。
薄く開けられたカーテンの間から漏れる朝陽が顔にあたり、眩しさで顔を顰める。
「おはよう。目、覚めたか?」
「あ・・・」
「声、掠れてんぞ」
たった一言で分かる位、声が掠れている。
喉の奥が未だにひりついていて、口の中がカラカラに乾いて、体が水分を求めていた。
「ほら、ハーブティーだ」
『サスケ』が優しく幸村を起き上がらせ、そっと口元にティーカップを近付けてやると、幸村はそれに手を添えてゆっくりと飲む。
口の中が渇きすぎて初めは味が分からず、それに慣れると今度は水分が乾いたそこに入って時折痛かった。
しかし、それよりも痛い事が、幸村の口の中の痛みを忘れさせた。


朝はいつも優しいサスケ。
…何かをきっかけに、性格が全く変わってしまうサスケ。
世に云われる二重人格の様なものなのだと、最近ようやく幸村は理解した。
でも、もう一人のサスケと入れ換わってしまうのは何故なのか、未だに分からない。
朝、基、サスケのしっかりした意識のある内は、今まで通りの、自分の我がままを苦笑し、時には小言を言いながらも許してくれたサスケ。
そして、夜になると、やっぱり換わってしまうのだ。
どちらかと言えば、最近はもう一人のサスケでいる方が長いのかもしれない。
陽が落ち、闇が自分たちのいる世界を支配した時も、その『サスケ』はやってくる。
幸村に半拷問の様な仕打ちをする『サスケ』は、幸村をただの愛奴の様に扱う。
今まで、玩具を使われただけではなく、色々な事をされた。
縛られた事もあるし、玩具を無理矢理いくつも詰め込まれた事もある。
時には玩具ではなく他の『何か』を入れられた事や浣腸液を無理矢理何度もいれられた事もあるし、そうかと思えば、初めは優しく抱き、そしてそのまま放置された事も。
まるで悪夢の様な行為の数々。
本当に同一人物なのかと疑いたくなることもある。
でも、サスケがそうなった時は、深いエメラルド色にも近い様な榛色の目が、決まって黒の様な赤の様な、何とも言えない野生の色に変わる。
いつからだったかはもう思い出せない。
だた、気付いたらそうだった。
「ねぇ…サスケ…」
幸村は掠れた声で問う。
目線はカップの中の液体に注がれ、サスケを見ようとはしない。 サスケを見るのが怖い。
「昨日の事、覚えてる…?」
幸村がそう問うと、サスケは黙り込み、視線を宙に彷徨わせた。


サスケによって開け放たれたカーテンが目の端でバタバタと風に揺れ、白いカーテンが風に靡き、差し込む陽が眩しい。
白で整えられたこの部屋にはベッドの横にクロックテーブル、部屋の真ん中にはガラステーブルと、それに添えるようにクッションがあるだけのシンプルな部屋。
大して大きいと云うわけでもないが、しかし一人でいるには広過ぎる。
清潔感溢れるここは、いつも幸村が朝目覚める所だ。
夜はこの屋敷の何処かにある部屋に連れて行かれ、サスケに無理矢理抱かれて、目覚めるといつの間にかここにいる。
そんな場所だから、居心地が良いと言えば嘘になる。
でも、幸村にとってはサスケに何をされようとも、サスケの側が一番安心出来る所だ。


幸村が何も言わずにじっとサスケの返事を待っていると、サスケはやっと重い口を開いた。
「…ああ」
低い声だ。
怒っているのではなく、ただ、言いたくないとでも言う様なその声音。
「…悪かった」
「ううん。ね、その内ちゃんと病院行こ?」
朝起きて毎回同じ会話を繰り返す。
その度に謝るサスケに、幸村はいつもそう言い続けていた。
自分を無理矢理抱いてくる事は今のサスケの意思ではない。
自分がどう足掻いた所で、もう一人のサスケはやめてはくれない。
もし治るのであれば、出来ることなら元の、『一人のサスケ』に戻って欲しい。
「・・・」
「…サス…っ!…んっ」
幸村がやっとカップから視線をサスケに移した途端、幸村の視界はサスケによって塞がれた。
衝撃でカップは手から滑り落ち、ハーブティーは布団に染みを作り、カップは床に落ちて音を立てて割れる。
「煩いぞ、お前。少しは黙ったらどうだ?」
低音の声が耳元で聞こえる。
口の中をサスケの舌で玩ばれ、幸村は声が出せない。
この言い方は、きっともう一人のサスケ。
「それとも、もっとやられたいのか?昨日より酷く…」
笑いを含むその声は、幸村にとっては脅威で。
また、やっとさっき目が覚めたばかりなのにサスケに体を玩ばれてしまうのかと思うと血の気が引くのが分かった。
「楽しい時間だ。俺にとっての、な」
咄嗟に瞑っていた目を開けると、サスケと目が合う。
何とも言えない野性的な目が、楽しそうに笑っていた。
赤とも黒とも言えない色の目は不思議だ。
狂の様に赤いわけでもなければ、自分の様に日本人独特の黒い目でもない。
本当に不思議な色。
そんな目に、優しい光が灯るわけもなく、幸村はベッドに押さえつけられてしまった。
「ヤ…」
幸村は怯えた様にカタカタと肩が揺れ、教え込まれた幸村の体はサスケに抗うことが出来ない。
「今日はどんな風にしてやろうか?」
新しい玩具を見つけた子供のような軽い言い方。
一体何をされるのか、幸村には想像もつかなかった。
その時、ふいにサスケがポケットから何かを取り出し、自分の口の中へ入れた。
そしてもう一つ用意されていた、恐らくサスケの為のものだろうティーカップを手にしてそれを少し含むと、幸村に口付ける。
口移しに無理矢理流れ込んでくるハーブティーと共に、反射的に幸村は何かを飲み込んだ。 「んっ…な…何・・?」
不安そうにサスケにそう問うと、サスケは満足そうな顔を浮かべる。
「安心しろよ。お前が悦ぶもんだこの間も飲んだだろ?」
「…まさか・・っ!」
サスケの言葉に、幸村は脳裡を掠めた嫌な記憶が鮮明に戻ってきた。
先日も飲まされたモノ。
『媚薬』。
「さあ、お楽しみの始まりだ」
サスケは再び笑い、幸村を抱き上げる。
やはり抗うことが出来ない幸村は、サスケにされるがままになるしかない。
逆らったら、何をされるか分からない。
只でさえ何をされるのか分からない不安で押しつぶされそうなのに、これ以上反抗すると、本当に、自分はただの人形の様に好き勝手に玩ばれてしまうかもしれない。
いつの間にか、幸村の中にはサスケに反抗出来ない何かを覚え込まされていた。

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