快楽原則T +Peace of a state of mind+

「狂さん…っ、きょ…さ…」
息が乱れ、むしろ呼吸困難に陥りそうな程の荒い息遣い。 今ここにいない人の名前を、何度も何度もうわごとの様に繰り返しては、悲鳴にも似た喘ぎを漏らす。
薄暗い部屋の中で、全裸のまま椅子に座らされた幸村は両手を後ろで固定されて身悶えていた。 涙が溢れ、もう自分がどう云う状態になっているのかさえ、分かっていないのかもしれない。
浣腸液を苦しい位に入れられ、アナルにはストッパーの変わりにグロテスクな程太いディルドが深々と挿さっていて、お腹からはゴロゴロと嫌な音が聞こえた。
「は…っ、くる…しぃ…ヤァ、あっ、あっ…ンぅ」
それなのに、ペニスは幸村の意思とは逆に鎌首を擡げ、もう何度目か分からない射精を待ち望んでいる。
薄暗い部屋の中、幸村が身悶える度にそのアナルからはぐちゅぐちゅと厭らしい音が響き、一体いつまでこのまま放置されるのかと、先の見えない恐怖と絶望にも似たモノに押し潰されそうになっていた。



昨晩、平穏だったはずの会話の何が狂の逆鱗に触れたのか、『お仕置き』と称して乱暴に抱かれ、意識を飛ばしてさえ、何度も意識を戻されてはそれを繰り返した。酷いと言えば語弊があるが、乱暴と言えばぴったり当てはまる、そんな抱き方をされ、それでも、狂による様々な快楽に慣れて来ていた幸村は、多少の快楽では満足出来ず、それ位なら我慢も出来た。
それに今までも何度かあった事で、それさえ我慢すれば、後はそんな荒い抱き方をされる事は無い。
時には、荒いのも良いかもしれない、そう思っていた。
それこそ、自分はマゾではないかと思う様な時さえある。
でもそれは愛しているからこそ許してしまえるし、その快楽に魅入られたのも確かだ。
しかし、今回程、長く続く事は今まで無い。
自分を拘束し、その行為を残したままで出掛けてしまった。
そして、それは今に至るのだ。
今のこの思考では、逆鱗に触れた原因を考えても一向にまとまらず、それどころか普通の考えさえままならない。
兎に角、この果ての無い快楽から早く開放して欲しかった。
体力なんて、もうとっくに無い。
このままだと精神までおかしくなってしまいそうで、辛うじてそれを現実に繋ぎ止めているのは、奇しくも玩具や腹に入れられた浣腸液による苦痛なまでの快楽だった。
広い一間。
目の先に映るのは部屋のドアで、横にある窓には全てカーテンが閉められている。
遮光カーテンにはしてあるものの、カーテンの向こうが多少明るいのを見ると、どうやら夜ではないらしい。
もう夜は明けている様だ。
となると、狂が出掛けた先は限られてくる。
夜が明けたのならば今日は日曜日だ。
仕事は休み。
恐らくは、コンビニ辺りまで行ったのだろう。
「は…っ…痛…っぁ、はぁ…ンんっ」
異様に膨らんだ腹がキリキリと痛む。
出口の見付からない無形のモノが、腹の中で暴れまわっている感覚だ。
ペニスからも止め処無く白濁が溢れ出し、一撫ででもされれば簡単に精を放ってしまうだろう。
悶え動けば、深々と挿さる玩具が前立腺を強烈に刺激して、悲鳴にも近い声が出る。
動きたくない。でも、勝手に腰を振ってしまう。
浅ましい身体。
煩悩に溺れた欲。
幸村が何度目か分からない精を放ちそうになった時、ふいにドアが開いた。
「酷い格好だな、幸村」
そこにいたのは、煙草を吸いながらいやらしい笑みを湛えた狂だった。
手にはコンビニの袋。
狂はそれを投げ捨てる様に床にあったクッションに置くと、幸村に近付き椅子に座る幸村の目線に自分の目線の高さを合わせる様に屈んだ。
「お前のココ、ぐちゃぐちゃじゃねぇか。そんなに快いのか?」
「…ッ!?ヤぁあ―――っ!」
黒い笑みを浮かべながら、狂がスッと幸村のペニスを一撫ですると、幸村は呆気無く精を放つ。
しかしそれの量はもう少ない。
「ったく、淫乱だな、お前は。俺がいない間に何回イッたんだ」
呆れた様に言いながら、それでも狂は何処か楽しそうに笑っている。
声のトーンは相変わらずで、しかし瞳の奥ではまるで幸村を嘲笑っている様だ。
「わか…な…狂…さん、助け…も、ダメ…ッ」
懇願する幸村の目には涙が溢れ、漏れる声は掠れてしまっている。
それでも、狂の目はそれを許す気は無いらしく、その言葉を聞いて尚、爛々と赤く輝いている。
「なら、取り敢えず出すか?ココのをな」
「ぅぐ…っ、ぁ…ヤ…」
そう言いながら、異物を中に入れられて異様に膨らんだ幸村の腹を軽く押せば、幸村は苦しそうに呻くしかない。
大量の浣腸液が押されて更に苦しく、まるで意思を持つ様に暴れまわる。
「きょ…さ…も…出さ…て」
「良いぜ。その代わり、そこで出せ」
「…っ!?」
驚愕の目で幸村は狂を見る。
まるでそれは言葉の暴力で。
「ほら、出せよ。出したいんだろ?」
そう言いながら、狂はゆっくりと幸村に手を伸ばす。
狂が触れたのは、幸村のアナルに深々と刺さるディルド。
それがストッパー代わりになって辛うじて止まっている、浣腸液。
狂が何をしようとしているのか、嫌でも分かってしまう。
「ヤメ…っ!狂さ…」
こんな所で粗相をしたくない。
せめて、トイレに行かせて欲しい。
しかし、狂はそれを聞き入れるつもりは全く無かった。
幸村の腰を無理矢理浮かせ、無情にも緩くなってしまったそこから、ゆっくりと抜いていく。
「イぁ…ぁ…」
ズルッ、と抜かれて行くその感覚。
そして、押し迫ってくる内からのそれ。
幸村の目からは涙が溢れ、それを耐える。
でも、それから逃れる事なんて出来なくて。
「出る…でちゃ…っ」
涙を流し、歯を食いしばってでも必死で耐える。
腹の中の物は出してしまいたい。
でも、こんな所で出すなんて、絶対に嫌だった。
しかし無理矢理長時間抉じ開けられていたソコは緩み、力一杯耐えた所でそれは無駄な事。
腹の中で暴れまわっていた液体は出口を見付けてしまった。
「見な…でぇっ…イぁああああッ!!」
卑猥な水音が部屋に響き、大量の浣腸液が一気に溢れ出す。
「ヤ…ッ止まんな…っ」
中に挿れられていたのは自分が思っていたよりも大量で、それは椅子を汚し、床を汚した。
腹は楽になって行くけれど、それに反比例する様に募って行くのは羞恥心。
椅子から床へと落ちる、ぴちゃぴちゃと聞える卑猥な水音。
内腿を伝っていく液体。
ぽっかりと開いてしまっているんじゃないかと思う様な自分のアナル。
一人ではロクに立ってもいられない。
そんな幸村の様子を、狂はじっと楽しそうに見ている。
「ぁっ…あ…」
狂が幸村を支えていた手を離せば、そのまま汚れてしまった椅子に力無くぐったりと座り込む。
放心状態で、何がどうなっているのか分からない。
ただ、あまりにも酷い脱力感だけが尾を引いていた。
「お前、今のでイったのか? 本当に只の変態だな」
嘲笑うかの様にそう言い捨て、狂は幸村の腕を拘束していたベルトを解く。
だらん、と腕を重力に預けたまま、幸村は荒い息を未だに繰り返していた。
「きょ…さ…ん…何、で…」
あまりにも酷いその狂の仕打ち。
こんな事をされる程、自分が一体何をしたのか。
脱力した身体は鉛の様に重く、もうピクリとも動かない。
永遠に続くのではないかと思っていた快楽からもやっと開放された。
何もかもに穴が開いた様なそんな気分。
幸村は流し続けた涙で目の前が更に霞み、そのまま意識が遠のいて行くのを感じた。
もう、『こんな力任せな事をする狂の姿』を見たく無い。
きっと次に目を覚ましたら、狂は『いつもの狂』に戻っている筈。
そんな思いを残して。

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