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第1幕初話 見目麗しき少年達は

『陰間茶屋』。
ここでのそれは、現代のウリもやっているホストクラブの様なものだとお考え下されば良いかと思います。
正、ホストクラブの9割以上は女性がお客様。
陰間茶屋は、お客様が皆、殿方なのでございます・・・


「桜楼閣開楼にございます。いらっしゃいませ」
一見豪勢な作りの、他よりも高く大きな建物の各部屋にいっせいに光が灯される。
ここは『陰』で賑わう陰間茶屋の集まりだ。
あちこちで人が賑わい、それぞれの暖簾を潜り、人はどんどんと中へ入っていく。
しかし、この通りに『女性』はいない。
ここはそれが特徴の陰間寵。
この時代、ここ日本には他国の異教ではタブーとされる『同性愛禁止』や『同性愛否定概念』というものは存在しない。
そしてそれ故に、人々の娯楽や快楽の為に身を売る少年達が増える一途を辿っていた。
その中でも高級陰間と呼ばれている『桜楼閣』には、連日それなりに身分のある男性達が橋を渡ってやってくるのだ。


「いらっしゃいませ、橋本様。本日は如何なさいますか?」
「平林様、どうぞこちらへ。不知火が蓮華の間にて平林様のお越しをお待ちしております」
まだ水揚げ前の少年達が、桜楼閣へと続く紅い橋の上で常連の客を出迎える。
大抵、それぞれの客の来る時間は決まっていて、それに合わせてその客の色子の小姓が出迎えるのだ。
桜楼閣の場合、客が囲える色子は一人と決まっており、他の色子に手を出す事は許されない。
その為に、初めに色子を数人選び、顔合わせをして、一人の色子を選ぶのだ。
そしてその後、数回に渡って来楼し、顔なじみとなって初めて肌に触れる事を許される。それまでは、話すことも、声を掛けることも許されない。
顔なじみになるまでにやたらと金がかかってしまうから、桜楼閣は高級楼閣と呼ばれるのかもしれない。
陰間寵には大きな門がそれぞれ東西南北の四箇所にあり、その門以外には高い塀が設えてある。
遵って、その四箇所からしか、陰間寵へは出入りは出来ないというわけだ。
そしてその塀で囲まれた丁度真中辺り。
そこに桜楼閣は高々と聳え立つのだが、他の遊郭とは違い、煌びやかなわけでもなければ、絢爛豪華なわけでもない。
桜楼閣の見た目は、紅をモチーフにした造りで、細かな細工が楼閣の至る所に施されており、中の造りはといえば、完全なる和。そしてそれぞれの部屋の窓は、外にはこの時代にはまだ珍しいガラス、内には障子と、ごくごく一般的な和造りの部屋がいくつも並んでいる。
一階は郭格子が嵌め込まれ、楽しそうな賑わいが中から聞こえてくる。
外から見れば薄っすらと中の灯の色が窺がえるのみで、それがまた何とも言えない雰囲気を醸し出していた。
他の遊郭でも、桜楼閣の様な造りにした所もあるようだが、どうやら繁盛はしていないらしい。
それもその筈。
桜楼閣は他とは違う,長年続く風格があり、そして何よりそれぞれの色子の質が違う。
桜楼閣の色子の大元は、桜楼閣の代々続いている楼主が仕込んできたもので、そこからまたそれぞれの色子が自分の小姓へ、その技術と教養を与え、身に付けさせていくのだ。
色子になった以上、小姓への伝承は責任を持って行わなければならないが、まぁ大抵はその小姓それぞれが色子を見て教養を身に付ける。

さて、この桜楼閣の中でもやはり人気というものがある。
そして今、その頂点に並ぶのが、『李蝶』『不知火』『幸村』『ほたる』の四方である。


―――――・・・・・・・…


「あ、狂さん、いらっしゃいvV最近全然見ないと思ったら、聞いたよ。何かヤバい事やらかしたって?」
幸村が、久し振りに来楼した狂のいる座敷にやって来ると、その手に持った酒を注ぎながら話しかける。
「ほっとけ。それより俺は酒を飲みに来たんじゃねぇ」
「あれぇ?違ったの?」
「違うに決まってんだろうが。てめぇは俺をキレさせたいのか」
何故か来楼してまだ数分も経っていないが、狂はいつも以上にピリピリとしていて、幸村はう〜んと考え込んだ。
いつもなら、酒をたらふく飲んでから事に及ぼうとする狂だが、今日はどうも違うらしい。
その雰囲気を察した幸村は、後ろに控えていた数人の小姓に、片手を軽く挙げて合図し、下がらせた。
「どうかしたの?」
「京四郎の奴が変なのにひっかかったらしい。どうも京の方へ逃げたみてぇだが、もうかなり経つが何の連絡もねぇ」
「京四郎さんが?一体どうして・・・」
そういえば最近京四郎を見かけていない事を思い出した幸村は、狂の言葉に相槌を打ち、狂がぐいっと酒を空にするのを見てまたそれに注ぐ。
「知るか。それより…」
「え?ああ、お酒飲みに来たんじゃなかったんだっけ?」
「そうだ」
「わっ、ちょ、狂さん待って。あっち行こ。ね?」
ぐいっと引き寄せられ、幸村は少し慌てて奥の布団の敷いてある部屋へ行く事を促すと、狂は面倒くさそうにしながらもそれに従った。
障子を開け、薄い暖簾布を潜って奥の間へと歩を進めれば、そこは今酒を飲んでいた座敷よりももっと灯を落としてある。
「狂さん、先にそっちに行ってて」
「ああ」
幸村は狂が先に奥へ行ったのを確認すると、廊下に控えていた小姓に声をかけた。
「烙葉(ラクハ)、梨蓮(リハス)。悪いけど、ここ片付けてくれる?また後で持って来て」
「はい。分かりました」
『・・・ッ、・・・ぁ』
 ふと耳についた、数メートル離れた隣の部屋の方から聞こえた声。
 艶を帯びたその声は、男を誘うソレだった。
「…あぁ、不知火の所はもう始めちゃってるね」
「みたいですね。先刻から声がし始めましたから。ここの防音、もう少しどうにかならないでしょうかね…」
少年特有の大きな目を呆れがちに細め、烙葉は一定間隔を置いて廊下に置いてある盆を持ってくると、うんざりとした様にそう言った。整った顔立ちをした烙葉は、日本人離れしていて、肌と髪の色素も薄く、目の色に至っては透き通るようなアッシュブラウンだ。
聞いた話によると、お婆さんのお婆さん、つまりは烙葉の曾々お婆さんが異国人と日本人ハーフだったらしく、烙葉が先祖返りしたらしい。もっとも、母親も少し日本人離れした顔立ちだったから、恐らくは先祖返りしたのは目の色だけだろうが・・・。
この桜楼閣には、ある程度の上下関係はあるものの、基本的には色子と小姓の相性は良く、取り分け小姓が色子に対して畏まった態度を取る必要はない。
幸村は、かすかに聞こえる同僚の喘ぎ声と、烙葉のその言葉ににクスッ、と笑いを零した。
気の早い客だと、今日の狂の様に、さっさとコトに及んでしまうのだ。
それを、烙葉達はよく知っている。
「じゃあ、宜しく」
幸村はそう言って烙葉と呼ばれた小姓ら数人を座敷へ入れると、自分は奥の間へ足を進めた。
「ごめんね狂さん。遅くなっちゃって」
「全くだ」
ドサッと、狂は布団の上へと幸村を押し倒す。
そして着物を慣れた手付きで脱がせると、胸の突起に舌を這わせた。
「んっ…ン、ぁ」
ねっとりと執拗に、そこを舌で愛撫し、だんだんとそれを胸から鎖骨へ。そして首筋、唇へと移動させた。
「んっ…どうしたの?狂さん。何かいつもと違う…痛…っ」
髪の生え際にちゅ、と唇が当てられたかと思うと、いきなり秘部に痛みが走った。
恐らく、指を濡らしてもいない乾いたそこに突き立てられたのだろう。
「痛い…きょうさ…ふ…ぁン…」
痛みに、幸村は顔を歪めるが,流石に経験数が物を云うのか、そこは裂けてはいない。
しかし、与えられる痛みは変わらなかった。
「ひぅ…ンっ、あぁっ!ア…ぁっ…?」
グッと更に奥へ指を突き立てられたが、しかしそれはすぐに引き抜かれ、幸村は少し困惑した声を出した。
「狂…さん?」
「あんまりデカい声出すなよ。そこの小姓がこっち見んだろ。それとも、見られた方が興奮するか?」
「え?あ…」
狂が妖しく笑いながらそう言い、幸村がそちらに視線を向ければ、暖簾布越しに烙葉が心配そうに、遠慮がちに時々こちらに視線を向けていた。
どうやら今まで何度も聞いている幸村の喘ぎとは違っていて、その節々にかかる痛みのある声に心配になっていたのだろう。
(だから狂さん・・・)
幸村はにっこりと烙葉に笑いかけた。
「大丈夫だよ、烙葉。あ、梨蓮。気をつけないと後ろの瓶割れ…」
烙葉の後で仕事をしていた梨蓮と呼ばれた少年に、幸村はそこまで言いかけ、最後まで言い終わる前に酒瓶は音を立てて割れた。
「あちゃ。やっちゃったか…」
 大丈夫かな、と幸村は苦笑いを零した。
「ったく、お前のトコの小姓は手のかかる奴だな」
「ごめんね」
「…幸村、気になるならさっさと行って来い」
「え?」
「気になるんだろうが」
苦笑いを零しながらも心配そうな視線を向けていた幸村に気付いた狂は、呆れながら溜息を吐き、まだ完全には脱いでいない自分の着物の帯を解きながら言った。
「ごめんね。じゃあちょっと待ってて貰える?」
そう言うと幸村は、下着を適当に羽織って座敷の方へ行く。
以前から、幸村は不知火(しらぬい)や李蝶(りちょう)から、小姓に対して心配性過ぎると言われていた。
何か小姓が困っている様なら、接待している時でさえそこへ行き、事が済めばまた接待へ戻る。そうかと思えば、小姓が何かヘマをすれば、それの後処理を幸村も共にする時でさえあった。
本来ならばそんな事は一切許されない。しかし、それが許されるのは客が幸村を溺愛するからだろう。
そうでなければ、今頃桜楼の頂点どころか、幸村には客が付かず、ここには居られなくなるのは必至。
それもこれも、幸村の人望やたまに見せるその何処か秘密めいたものが、人を惹きつけて止まないのだ。
「大丈夫?手、気をつけてね。烙葉、箒もって来て」
「はい」
「すみません、幸村様」
しゅん、と薄く涙を浮かべた梨蓮が、幸村に謝るが、幸村は全くそれを気にする様子など無い。
寧ろ、その小姓の失敗が可愛いとさえ思う。
自分もこんな経験があるかと過去を振り返って、しかしする暇など無かったと思い当った。
幸村は何故か異例で、小姓をやらぬまま色子になったのだ。
それは楼主の気紛れか、それとも何か裏があったのか。
まぁどちらにしろ、それは結果的に良い方向に向っているのだから問題は無い。
人並以上に知識はあったし、教養もあった。
現楼主によって色々調べられたりはしたが、本当に『調べた』だけだ。
「良いよ、気にしないで。それよりホラ、余所見してるとケガするよ?」
「あ、はいっ」
 梨蓮は大きな瓶の欠片から集め、盆の上に集める。
 大半を取り終わると、烙葉が箒で綺麗に掃いて欠片を濡れた雑巾で拭い取った。
「ご苦労様。そしたらその雑巾は危ないからガラスと一緒に捨てるんだよ?」
「はい」
「本当にすみませんでした…」
「誰でも失敗はするんだから、これから気をつけて行けば良いよ」
 幸村はゆっくりと微笑むと、梨蓮の頭に手をポン、と置いて優しく囁くようにそう言った。
「さて、僕もお仕事だから、また後で呼ぶからその時にお酒とか持ってきて」
 少し小声にして、幸村は二人を送り出した。


「ぁあっ!ぁ…あ、んぅ…ひァ」
薄明かりに照らされる幸村の痴態は官能的だ。
艶めいた肌に浮ぶ汗や、ふっくらとした唇から漏れる甘く切なそうな喘ぎ。涙の滲んだ瞳。
手はシーツをキツク握り締めて、快楽に流されない様に必死だ。
ぐちゅぐちゅと接合部から漏れる卑猥な音が、幸村の耳を侵していく。
「狂…さんっ…ぁ、京四郎さ・・のこと、心配…なの…?や…ッ!」
行為の途中、いきなり幸村は京四郎の話を持ち出した。
滅多にそういった個人的な質問をしない幸村だから、狂の動きが一瞬止まる。
しかし、また直に楔を打ちつけ、幸村の奥を貫く。深く入り込む度に前立腺を霞め、幸村は何度も果てそうになるのを堪えた。
そんな状態でも、京四郎の事が頭から離れないのは、きっと狂と京四郎が、『似ていないのに似すぎている』せいだ。
「何でそんな事を聞くんだ。テメェには関係ねェだろ」
「だって…ぁ、狂さん、いつもと違…ン、さっきから…荒い、から…」
 舌っ足らずで頭の働いていない幸村が言える、今の唯一見つけ出せた言葉。
 酷い抱き方をされているわけでは無く、本当に『荒い』のだ。
「お前の気のせいだ。誰があんな奴の事なんぞ気にするか」
「ひぁあ!ヤっ…狂さ…キツイ…んンッ…は、はぁ…はぁ・・」
 最奥を突かれ、イイポイントを思い切り、その熱い楔で擦られた幸村は、耐え切れずに精を吐き出した。
 それと同時に、内に熱さが広がったのを感じる。
「んっ…」
 ズルッ、と中から狂自身が抜かれ、その感触に肩が震えた。
 内からは狂の放った白濁が流れ出たのが分かる。
「はぁ・・はぁ・・。…ねぇ、狂さん。本当は心配なんでしょ?」
 息が整うのを待つ前に、幸村はそう言う。
 幸村には、狂が言った『妙な奴』がひっかかっていた。
 大抵、狂は他人を『変な奴』『バカ』等と卑下の言葉、その程度の言葉で皆くくってしまうのに、『妙な奴』と言うのは初めて聞いたからだ。
「江戸に…行くの?」
 再び、今度は『心配だ』と幸村は狂が思っていると決めつけて、質問を変えて聞く。
江戸には多くの人が賑わい、日本中のありとあらゆる情報が舞い込んでくる。
各地の情勢情報は勿論、地方で起こった事件に関する事やそれに関わった人物の情報。個人情報もまた然り。
「幸村」
「ん?」
 何も纏わず、座って狂の灰皿の用意をしている幸村は、話してくれる気になった?と布団に寝転んだまま煙管を銜えている狂の深紅の目に視線を合わせた。
「俺の所に来る気は無いか?」
「・・・え?」
狂は唐突にそんな事を言い出した。
恐らくは身請けの話だろう。今まで何度も他の客に言われた事があったが、そんな事を狂は言った事が無いし、そんな事は言わないだろうと思っていた幸村は、困惑し、冗談でしょ?と笑って返した。
しかし、狂の目がいつになく真剣で、深紅の瞳はまっすぐに幸村は見ていて、それが冗談ではないのだと悟る。
「本気…なの?」
「ああ」

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