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第4幕初話 瞑想の果ての闇

「・・・っ幸村!?」
ほたるの叫びを聞きつけて来た時の楼主の冷静な態度が一片に急変した。
ほたるに抱かれた幸村を目の前にした楼主は、障子の所で行動を起こせないでいる小姓達を押し退けてほたると幸村の元へ駆け寄る。
「幸村!…ほたる、一体何があったんだ…?」
「わかんな…」
葎はほたるに抱かれたままの幸村の腕を取って脈を計る。
幸村に触れた時異様に体温が低いのが気になったが、しかし脈はトクントクンと規則的な音を奏でている。
困惑しているほたるに、葎はくしゃ、とほたるの髪を撫で、大丈夫だと笑いかける。
兎に角、不安で泣きかけているほたるを落ち着かせようとするが、其れより一瞬早く、小姓達が騒ぎ出した。
「幸村様っ!」
「楼主っ!医者を呼んできますっ!!」
「落ち着け、大丈夫だ。神楽」
慌てている小姓たちを宥め様となるべく優しい声を出した葎は、今度は廊下の方へと声をかけた。
すると、何時の間にか来ていた神楽が部屋の中へ入って来た。
「はい、何でしょうか」
「幸村を『上』へ。ほたる、大丈夫だからそんなに心配するな。烙葉、しばらくの間は幸村の看板を下げておく様に李蝶か不知火に伝えておいてくれ」
「畏まりました」
小姓の中で一番落ち着いて騒がずにいた烙葉にそう云うと、葎はすぐに部屋を後にした。

何も音の無い世界。
色も無ければ、生きている実感さえ無いような無の世界は絶望そのものの感じがした。
目を開けているのかいないのか。
自分は立っているのか座っているのか。
それさえも分からなくなってくる此処。
でも、もうそんなのはどうでも良い。
自分は大切な人を傷つけてしまった。
あの絶望の目は自分を見ていた。
どうしてこんな風にしかなれなかったのか。
でも、そんなのももうどうでも良い―――
今このまま死んでしまえたら楽だろう。
今までいろんな事を言って、喧嘩もした。
でも、それで幸せだったのに。
何処から間違えたのだろう。
何処から、サスケの運命を捻じ曲げてしまったのだろう。
そもそも、自分がしてきた全てが間違いだったのだろうか?
何で、どうしてこんな・・・・・・…


「奥の部屋へ寝かせておきました」
「ああ」
「脈は安定していますし体温にも…多少低いかもしれませんが以上ありません。しかし…」
急いで何かを走り書きしている葎に神楽が云うと、葎は筆を止めて少し黙り込み、そして溜息を吐き出した。
神楽の言葉がどう続くかは分かっている。
葎と同じ事を考えているのだろう。
「精神的に…か。一体何があったやら…」
そう言い終ると、再び、今度は長く重い溜息を吐いた。
これからまだまだ夜は長い。商売時のこの時間。窓の外から入ってくる音は琴の旋律や笛の拍子。
賑わう陰の色町は艶やかだ。
寵門には燈が灯され、色めき立ちやってくる男達。
「神楽、至急これを『アイツ』へ届けてくれ」
丁寧に折るのもそこそこにして葎が一通の手紙を神楽へ渡す。
宛名も無ければ送り名も無い。
しかし、こんな雑に手紙を出せる相手など、葎にとっては一人しかいなかった。
「畏まりました。明日の早朝に…」
「いや、今すぐだ」
「今…ですか?」
「ああ。『お前が』行くんだ」
葎は月を背ににやりと笑った。
神楽を使いに出すなど滅多に無い。
神楽が行くと云う事は、そんなにも重要な手紙なのだろうか。
しかし、それを神楽は咎めたりはしなかった。
何と無く、神楽には内容が理解出来た。
本当ならばここで自分は止めなければならないのかもしれない。
きっと葎は、楼主としての道を踏み外そうとしている。
花魁に感情を抱いてはいけない。
それでも、神楽はそれを止めることは出来なかった。
分かっている。
きっと葎は、その感情を表に出す気はない。
「畏まりました。それではこれから行って参ります。多分明々後日の夜位には戻ってこられると思いますから、私が戻ってくる前にその書類、全部処理しておいて下さいね?」
「ああ、分かったよ」
ひらひらと片手を振って、葎は神楽に背を向けた。
今宵は十五夜。
真ん丸い月が淡く光を持って人々を照らし、闇をやんわりと溶かしていく。
今日はそんな月の不思議な夜だ――――




「やぁひしぎ、久し振り」
「久し振りじゃありません。一体何なんですか?あんな時間に突然こんな文を寄越して」
朱廓の葎の自室にずかずかと入ってきたひしぎの手から、一枚の紙がひらりと葎の前に落とされる。
葎は片手を挙げて、しかし書類を書いている手を止めずに軽く言ったのだが、それはひしぎの静かな怒りの声で止まった。

昨日、久し振りに葎から連絡があったと思ったらそれは急ぎの通達で、内容は手紙が着いた翌日にすぐ楼閣まで来いとの事だった。
何かあったのかと思って来てはみたが、目の前にいる自分を呼び出した人物は何時も通りで何も変わりは無い。寧ろ、いつもより飄々としている様な気がして、ひしぎは心配して損した気分だった。
「悪い悪い。少しお前に頼みたい事があってさ。まぁ座れよ」
「頼み?」
葎の前までくると、卓を挟んで正面に座る。
すると、葎は「そう」と少しオドけて言いながら、筆を硯に戻した。
「一人、記憶を『訂正』して欲しい花魁がいる」
「訂正?何でまたそんな事を…」
ひしぎは眉を潜めた。
葎は、ひしぎの持つ潜在的な能力を知っている数少ない友人の一人だ。
他人の精神に入り込み、人間の『中枢神経』と『人心構成』に関わる事を書き替える事が出来た。
しかし、ひしぎにとっては他人の『人心』を弄っても何も楽しく無い。
只、こんな能力を持って生まれたせいで、色々と役に立つ事があるのは事実だった。
出来ることならやりたくはない。それが前提になるのだが、本当にそれが必要となれば仕方ない。そう思って今まで色々な人間を診てきた。
「過去を想い過ぎてる奴がここ最近更に精神的に酷い事になってる。手紙に書いただろ?」
「ええ。でも、私はそれだけでは納得出来ません」
「そう言うなよ。俺とお前の仲だろ。それに、俺が間違ったことした事ねぇだろ?」
葎が珍しく歯切れ悪く苦笑を零した。
しかしそれで、ひしぎは何かを感じ取った様だ。
「…成程、そういう事ですか。『訂正』をするかどうかは、その花魁を見てからです。・・・それにしても少しその花魁に加担し過ぎでは?まさか、楼主であるあなたが『掟』を破るつもりじゃないでしょうね?」
『掟』。
その言葉が葎に突き刺さる。花魁にも掟がある様に、楼主にも掟はあった。
その中の最も重要となるものが、『花魁には手を出すな』。
正確にはそんな荒っぽい掟が書かれているわけではないが、直訳するとそうなる。
「はは、まさか」
乾いた笑いが、二人しかいない部屋に響く。
久しく会っていなかった友を前にして、軽く身勝手な事を言い放つ奴にひしぎは多少の嫌悪を覚えた。
乾いた笑いが、どうも『掟』を破ろうとしているそれに聞こえたからだ。
もしそうなら、ひしぎは葎を許しはしない。
記憶を弄るのは、そう簡単にしていい事では無いと、葎も分かっている筈だ。
人それぞれに感情や思い出や、そこまで本人は思い留めていなくてもそれに至るまでの思考がある。
何かしらの代償となるものは、少なからず一生付き纏うものだ。
しかしそれもそれで、まだひしぎの憶測にしかすぎない。
「なら良いのですが。で、その花魁は今何処に?」
「俺の部屋だ。しばらくは外には出せない」
「そうですか…」
多少の沈黙の時が訪れた。
双方何も言わず、ただジッとしている。
互いにその沈黙に嫌な感じは無いが、何処か重い雰囲気に包まれていた。
しかし、その沈黙も、障子の向こうから掛けられた控え目な声で途切れ、空気が一気に和らいだ。
「失礼します」
「ああ、入れ」
その声を待ってから、静かに襖を開けて入ってきたのは神楽だ。
「ひしぎ様、ご足労頂きまして恐縮です。」
「いえ。それより、花魁の所へ行っても?」
いつもの堅苦しい挨拶が続きそうなのを予感して葎は苦笑していたが、ひしぎが神楽の言葉を遮って本題を切り出した。
自分は花魁の、訂正をするかは別として、花魁を診る為に此処へ来た。
ならば、怒りが増幅して行く前にさっさと終わらせてしまいたい。
「はい、こちらへどうぞ」
スッと障子を開き、神楽は道を開ける。
そこから真直ぐに歩けば楼閣へ降りる螺旋状の階段があるし、今いる部屋を出てすぐ左へと曲がれば寝室だ。
ひしぎは開けられた道を通り、葎と共に寝室へと向かった。


『記憶を『訂正』して欲しい花魁がいる』。
ひしぎは、葎のそう言っていた意味がやっと分かった気がした。
今、目の前にいるのは間違いなくその花魁だろう。
しかし、果してそれがちゃんと『生きている人間』としてそこにいるのか、という事が疑問に思われた。
人形のように綺麗な顔立ちをした花魁。
しかし、それは本当に『人形』の様だ。
一点を見つめ、しかし瞳には何も映さずただ宙を彷徨う視線。
止める術を知らないかの様に流れ続ける涙。
時折り漏れる「ごめんなさい」という途切れ途切れに出される掠れた声。
精神が崩壊した人間が、こんな状態になるだろうか?
そして何故か、四肢はそれぞれ縄で縛られ、固定されてしまっている。
「何故縄を?」
「3日前の夜からいきなり暴れ出す様になった。今刃物を持たせたらこいつは一発で死ぬぞ?」
「…成程」
何を思い、自分を壊していくのか。
結局、こんな風に精神を崩壊させるのも自分自身だと、何故理解しないのか、ひしぎは不思議でならなかった。
結局は自分の気持ちの持ち様だ。
―――しかし、それが人間なのだろう。
自分の欲望に忠実で、それでいてそれを疎ましく思ったりもする。
他人を卑下するクセに、それでいて自分がその立場になると素知らぬ顔をする。
だからこそ見解の相違が生まれ、喧嘩もするし打ち合いもする。
「本当に良いですか?」
「ああ。やってくれるのか?」
「…何処から消せば?」
「・・・」
葎が急に黙り込み、視線が色々な所に飛ぶ。
『何処』から消せば良いのかなんて考えていなかった。
何処から・・・
「・・・確か…神楽」
「葎?」
「ひしぎ、ちょっと待っててくれるか?」
「え…ええ、それは構いませんが…」
「神楽、何処にいる?」
「何でしょうか」
恐らく先刻の部屋にいたのだろう神楽が、葎の呼ぶ声を聞いてやってきた。
「幸がこうなる前に一緒に外へ行っていたのは不知火だったか?」
「…はい、そうです」
葎の質問に一瞬考える素振りを見せ、しかし直に神楽は答えた。
確かあの日、御職4人は休みを取って、内、不知火と幸村は外へ出掛けていた筈だ。
「不知火は今何処にいる?」
「この時間ならまだ部屋に居るかと」
「すぐに呼べ」
「畏まりました」
何かを思いついたかの様に葎が言えば、神楽はそれに従った。
楼閣へ降りて、不知火を連れてくる。
「悪いな、ひしぎ、此処で待っててくれ。すぐに戻る」
「葎っ!一体何を考えているんですか?」
「こいつがこうなった原因が分かるかもしれない」
悪いな、と苦笑を零し、ひしぎを部屋に残して葎はいつも自分が仕事をしている部屋へと戻る。
外へ出てから幸村がほたるの部屋に行く間に、何かあった。
先日ほたるに聞いた話では、何処かで聞いた覚えのある男の声がしたと云う。
その話の途中に出てきた物を、葎はほたるから預かっていた。
それを桧で作られた箪笥の引き出しから出すと、光に当てて眺めてみる。
赤い蝶飾りの簪。
とても高価な物だろう。
赤い石はそう簡単に手に入る物ではない。
「失礼します。お呼びでしょうか…?」
律が簪を眺めていると、ふいに障子の向こうから声がした。
先刻神楽に呼びに行かせた不知火の声だ。
「ああ、入れ」
「失礼します」
スッと障子が開いて、一礼して不知火が入ってくると、葎は単刀直入に切り出す。
「幸村があの状態になる前に何かあったか?」
「…は?」
「・・・悪い、言葉を間違えた。ああなる原因が何か分かるか?」
「…いいえ、特に心当たりは…」
妙に真剣な面持ちで答えてくる不知火は、しかし何処か怯えている様に見えなくもない。
「では、これに見覚えは?」
「え?あっ、それ…」
「ん?」
手に持った簪を不知火に見せた途端、不知火の表情が一気に変わった。
見覚えのあるそれに、反応を示した時のそれだ。
「分かるか?」
「はい」
「何処で?」
「この間外へ出た時に見た物です。…あれ?でも…」
「何だ?」
小間物屋で見たのは青の蝶飾りだったはず。
しかし今楼主が持っているのは赤い蝶飾りで…
「確か見たのは青の物で…それは…」
『それの兄弟物が今日売れてったんだよ。石が赤いやつ』
秋が、そう言っていた筈。
しかし、その、恐らく兄弟物だろうそれが、今目の前にある。
「どう云う事だ」
「それは他の客の手に渡った物だと聞きましたが…」
その後に秋が何て言った?
『それがさ、凄い綺麗な人なんだよ。綺麗って言ってもあんた達みたいな綺麗じゃなくて、なんて言うんだろ、どっちかって言うとあんたんトコの楼主みたいな感じの。あ、でもちょっと違うか。イメージ的にはあんたんトコの楼主とは逆色な感じ。白い…って言うか銀?の髪で猫目だったし、あんた達のトコの楼主はイメージ的に黒いでしょ?だから反対だ、うん。アタシが言うのも何だけどこれ結構高いからね、多分それなりに財力ある人だと思うよ』
そうだ。そう言っていた。
「銀の髪…」
「…何?」
「銀の髪で猫目の客が買って行ったと」
「…そう云う事か…。他に思い出す事は?」
他に思い出すこと・・
そう言えば…
「幸村がその人物の事を知ってる人かもしれないとか何とか…」
「…分かった。助かったよ、不知火」
「いえ」
にっこりと葎が笑いかけると、そこで不知火の表情も解れた。
「それでは、失礼します」
「ああ」
入って来た時と同様、不知火は一礼して部屋へ戻って行く。
それを見届け、葎は隣の部屋へと急いだ。
「神楽」
廊下を行く途中、葎は神楽を呼び、寝室へ入る手前で立ち止まる。
「白銀の髪の『サスケ』と云う人物を徹底的に洗い出せ」
「…以前楼主の所に来られた方では?」
「詳しい身元とか家、聞き忘れたんだよ」
「…貴方は…」
神楽は深い深い溜息を吐いた。


「ひしぎ、特定の人物の記憶のみを消す事は出来るか?」
「・・出来ますよ。その人物の特徴さえ分かれば」
「白銀の髪で…」
「それだけで十分です」
葎の話を途中で遮り、ひしぎは続けた。
「白銀の髪なんて滅多にあるものじゃありませんから」
だから十分だと言い、ひしぎは薄く目を閉じた。
風があるわけでもないのにふわん、と暖かい『流れ』が何処からともなく吹いてくる。
スっ、と一瞬周りが暗くなる感じがして、何か幾何学な模様がひしぎの手に浮かんできた。
幸村の額に手をかざし、何かをひしぎが呟いている。
明るい光の粒子が集まり、まるでそこは別世界だ。
「葎、外へ出て下さい」
それに魅入っていた葎はふいにひしぎにそう言われ、しぶしぶ従う様にすぐ後ろの扉に手をかける。
葎が出て行く間でさえ、ひしぎは何かを呟いていた―――

葎は仕事をしている部屋でじっとひしぎが『それ』を終えるのを待っていた。
途中で仕事を片付けてみようかとも思ったが気が散って出来ず、知らぬ間に筆の柄でトントンと机を叩いている。
何もしていないと不思議なもので、静かな部屋は更に静かに感じた。
しんと静まり返る部屋の中はやけに寒く感じて、でも窓から入ってくる時折り聞こえる人の声はやけに楽しそうだ。
そうして、半刻程経っただろうか。
ふいに襖が開いた。
「終わりました」
そう静かに入って来たのは待ちに待ったひしぎだ。
「出来たのか…?」
「ええ、もう大丈夫だと思いますよ。縄も取ってきました」
「…そうか。悪かったな、ひしぎ」
苦笑を零し、葎は立ち上がる。
一刻も早く安定した幸村を見て、安心したかった。

焦る気を静めながら、出来る限りゆっくりとした歩調で幸村のいる部屋へ向かう。
ひしぎは先刻から隣に居ても何も言わず、神楽も何も言おうとはしない。
ただ、少し怖かった。
前の様に戻ると思う反面、また先日の様になってしまったらどうしようという思いが頭の片隅にある。
襖の前に立ち、静かに扉を引いた。
布団の中で、幸村は静かに寝息を立てている。
安定した呼吸。
目を閉じて、普通と変わらないその様子。
「良かった…。有難う、ひしぎ」
「…貴方にそうやって改めて言われると気持ち悪いのですが」
「そう言うなよ」
葎は苦笑を零し、一度幸村の髪を撫でると部屋を後にした。


「おはよう、幸村」
朝、普通なら起こすのは夕方頃だと思いつつも、一度幸村に声をかけた。
昨夜は静かに寝息を立てていた幸村だから、きっともう大丈夫だろうと自分に言い聞かせ、朝まで起こすのを待った。
「…ん」
「幸村…?」
「ぁ…葎…?」
薄っすらと目を開け、ボーっとしている幸村だが、それは何も無かった時の普通の幸村のもので…
「良かった…」
肩に力の入っていた葎は全身の力が抜けるのを感じ、もう大丈夫だと、心の底から思えた。
「よく眠れたか?」
「ん。何か…ダルい…」
まだ夢半場状態で虚ろな瞳をごしごしと擦りながら、幸村は起き上がる。
やはり、それも今まで通りで何事も無かったかのようだ。
否。ひしぎに頼んだ事は成功した筈だ。
幸村にとっては何事も無かったのだろう。
「あれ?僕こんな所で寝たっけ?」
「え?ああ、この間話をしていたらそのまま寝たんだ。疲れてたんだろ」
「そっか、ごめんね」
「いや。それより…」
適当に理由を取り繕い、葎は問題の名前を口に出そうと決意した。
『この方が起きた後、記憶を消した相手の名前に覚えがあるか聞いてみて下さい』
そう言い残し、ひしぎは事が終わった後すぐに帰って行った。
葎は礼をしたいと引き止めたのだが、ひしぎはそれには応じず、やんわりとそれを断った。
それを、葎も無理に止めようとはしない。ひしぎがそう云った事を好いていないのを知っている。
「幸村」
「ん?何?」
葎は一度大きく息を吸い、一気に吐き出す。
らしくもなく、緊張した。
次で、全てが決まる。
「『サスケ』と云う名前の青年を知っているか?」
「サス…ケ?」
「ああ」
心音が早くなる。
どうなるのだろう。
どっちだ。
知っているか否か。
ちゃんと成功したのか。
幸村がにっこりと笑い、葎にハッキリと云った。
やけにゆっくりと感じる言葉で。
しかし、はっきりと…
「誰?それ」


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