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第4幕弐話 永遠に生きる想い[上]

「葎の知り合い?」
「いや、知らないなら良いんだ」
「そう?変なの」
幸村が小首を傾げて葎の顔を見つめ、そしてふいに幸村の手が葎の額を撫でた。
「汗、かいてる」
「あ…ああ、悪い」
「葎、何かおかしいよ?」
心配そうに見てくる幸村は本当に以前と変わりなくて、仕草も何もかもが以前のまま。
安心を通り越したような嬉しさがこみ上げる。
あんな状態の幸村を数日間だけでも見ていたせいか、どうしても幸村を見るのに緊張してしまう自分がいる事に改めて気付いた。
葎は幸村の腕をぐいっと引き寄せ、抱きしめる。
トクン、トクンと規則的に伝わってくる生命の旋律。
温かな人の温もり。
「な…何?どうしたの?」
「何でもない。何でも…」
葎は込み上げてくる感情を抑えられなかった。
自分はこんなにも『掟』に背く感情を幸村に持っていたのだと思い知った。あの状態の幸村を見た時に一気に自分の血の気が引いたのは、錯覚でも何でもなかった。
ただ、好きだと、心から思う。
決して本人に伝える事の出来ない、否、許されない事だから、今だけは、幸村の温もりを感じたい。
「ごめんな」
「葎?」
「ごめん…」
ぎゅ、と抱きしめる腕に力を込めると、幸村はそれ以上は何も言わず、ただそっと、まるで子どもを愛おしむかの様に葎の背中に腕を回して抱きしめた。

―――…・・・・・・

「…ねぇ葎、僕そろそろ仕事の用意しないと」
「…そうだな、悪い。苦しかっただろ」
どれくらい幸村を抱きしめていただろうか。
自分が満足いくまで幸村を抱きしめ、そろそろ離してやらないと理性が飛びそうだと思ったとき、タイミングを計ったかの様に幸村はそう切り出し、葎の胸板を押してぱっと離れた。
それから一度幸村は上目遣いで葎を見上げ、にっこりと笑い、しかしそれは優しい笑いではなく、何か企んだ様な笑顔。
「泣いてた?」
「俺が泣くと思うか?」
「んー、見て見たいかなって思っただけ」
「なら、絶対にお前には見せない」
「何それ」
ぷっ、と吹き出して、二人は笑った。


「よっ」
「お帰りなさいませ、幸村様」
「ただいま」
部屋へ戻ると、そこには自分の小姓2人と、何故か李蝶がいた。李蝶にもおかえりと言われ、ただいまと返したら李蝶は優しくにっこりと笑った。
小姓は仕事の用意をする為に忙しそうだが、李蝶はのんびりと幸村の部屋で窓辺で煙管を吹かしている。
自分の小姓に見付からない様にと、いつも悪戯にどこかしらに隠れている李蝶の事だから、李蝶が幸村の部屋にいるのは別段珍しい事ではなかったが、しかし何か様子が違う様に見える。
珍しく髪を結い上げ、項を惜し気もなく晒している李蝶。
しかし、違和感を覚えるのはそれではなく『おかえり』と言われたその言葉。
何故か幸村には不思議に思えた。語調のせいだろうか。
いつもよりも優しく感じたその感覚。
しかし、それが本当にそうなのかははっきりとしない。
それに、何処か違う気がする部屋の中。
違和感を覚える自室。
李蝶がいるせいだけじゃない。それなのに何かは分からない自分がもどかしい。
「あれ?」
「ん?どうかしたか?」
「これ…」
目の端に入った覚えの無いものに、幸村は触れた。
「こんな所に傷なんてあったっけ?」
それは畳にある擦り傷。
傷の下から、まだ新しい伊草が覗いていた。
何かを思い切り叩き付けて擦り切れてしまった様な痕は、自分でつけた記憶はない。
「あ、ああ…それは…」
李蝶が何かを言おうとして言葉に詰った。
その傷は、幸村が『あの状態』なった後に李蝶も気付いてはいた。
まだ新しい傷が畳についていて、それはきっと話しに聞いた『あの日にここに来ていた者』がつけたのだろうと簡単に察しはついた。
しかし、畳を変えたら後で不自然に思うだろうとそのままにしてあったが、それが逆に仇になった様だ。
「それはさっき俺が付けたんだ。悪い」
「そうなんだ。良いよ別に」
李蝶が考えた末にそう言えば、幸村は理解したようににっこりと笑う。
その笑顔は綺麗で。
李蝶は思う。
本当に忘れてしまったのだろうか、と。
以前は少しだけ、本当にに少しだけ、何処か影がある様な表情だったが、それが今は全く無い。
これが、本来の『幸村』なのだろうか。
明るい表情が似合っていて、とても綺麗だと思った。
あんな事があった後だから、自分の心持の変化なのかもしれない。
でも今まで色々な花魁を見てきた李蝶だが、その中でも今の幸村は純粋で汚れが無い綺麗さを持っている。
「あ、ねぇ李蝶。そういえば」
「何?」
「少し相談があるんだけど・・良いかな?」
「良いぜ、いくらでも。おにーさんが可愛い弟君の相談をきいてあげましょうとも」
「良かった。…場所、変えても良い?」
「ああ、何処行く?」
李蝶がそう聞くとふと、幸村の表情が陰った。
そして何か考える様な表情をした後、そっと、幸村は呟いた。
「人が居ない所で、誰かに話を聞かれる心配のない所」
「・・・」
李蝶が言葉に詰まる。
そんなに重要な相談なのだろうか。
人が居ないだけではなく、聞かれる心配のない所なんてこん遊郭では滅多に無い。
花魁達の部屋だって、それなりに隣との距離があるとは言え、誰かしら部屋の前を必ず通って行く。
その心配が無い場所といえば、本当に限られてくる。
「じゃあ、俺の部屋、行くか?」
李蝶の部屋は花魁達の部屋の中でも一番端。
その部屋に用事が無い限り、話し声が聞こえる程近くに来る人なんていない。
「うん。ごめんね」
「いや。んじゃ、こいつ借りてくなー」
李蝶は結い上げた髪を解いて幸村の小姓に向かってそう言うと、立ち上がり解いた紐を指で遊ばせながら幸村を連れて部屋を出て行った。。


「で?」
「うん…あの…」
李蝶の部屋に来て早5分は経っただろうか。
部屋から人払いをして腰を落ち着けたものの、幸村はなかなか話せずにいる。
どう言ったら良いのか、どう切り出してどう話せば良いのか、困惑している様だ。
「幸、ゆっくりで良いから、言ってみ?」
「ん。…あのね、僕が前に狂さんに身請けの事言われたの」
「狂ってあの黒い幸の馴染み客?」
「うん」
「は〜、あいつがねぇ。身請けかぁ。何かそんな感じには見えねぇケドなぁ。まぁ良いか。で?」
「で、どうしようかなって」
「…は?」
李蝶は幸村の言葉に間抜けな声を出してしまった。
思っていた程、そんな深刻な話ではない気がするのだが…。
「どうしようって…?」
「僕ね、未だに狂さんにその返事返せてないの」
「…成程な。珍しいな、お前がまだ返事してないなんて」
幸村の言葉に、李蝶は幸村が何を言いたいのかやっと理解した。
幸村は身請けの話はそれ程引き延ばす方ではない。
自分の場合は、例え馴染み客であってもその場で即返事を返すが、幸村は馴染み客だと少し返事を引き延ばす事があるのは知っている。
しかしそれでも長く延ばして1週間まで。
でも今回の場合、幸村のこの様子からいくともうそれ以上前の事の様だ。
「行くのか?」
「え?」
「身請け、受けるのか?お前がそんだけ悩んでるって事は多少本気なんだろ?」
李蝶は足元に絡みつく鬱陶しい長襦袢や着物を払い退け、脚を晒す。
幸村は李蝶の視線から逃げる様に顔を逸らした。
そう、本気なのだ。
少なくとも、いつまでも返事を返せていない位に。
「まだ、はっきりとは分かんない」
「何で?」
「だって…」
李蝶の顔から、段々といつもの様な飄々とした捉え所の無い表情は消えてきた。
真剣に自分の相談に乗ってくれているのだと分かるその表情。
「本当に僕で良いのかなって…こんな仕事ばっかりしてきた僕なのに…」
「あのな、幸」
李蝶はいきなり幸村の話を遮って身を乗り出した。
李蝶の鼻が幸村の鼻に付きそうな位顔を近付け、李蝶は幸村に目線を合わせてはっきりと言う。
「俺の目見ろ。俺達だって客好きになったりする事もあるし、商売でこんな事やってるからって引け目感じんな。お前が行きたいと思うなら行けば良いし、少しでも嫌だと思うなら行くな。少なくとも俺がこの仕事やってる間、誰かに引け目感じた事なんてねぇぞ」
李蝶がそれだけ言って、少し離れ、そしてふと李蝶は表情が和らいだ。
「お前の好きにすれば良い。自信持てよ。本音言ってみろよ。あの客の事、好きなんだろ?で、相手もお前の事が好きだから身請けの話が出んだよ」
「僕が…好…き…?」
幸村は自分の顔がかーっと赤くなるのが分かって、李蝶から目を逸らしてしまった。
李蝶に言われた事がやけに恥かしく感じる。
この胸の奥の靄を言葉にして実感すると、『好き』に繋がるのだと、今やっと理解した。
「今更赤くなんなよ。ま、金から始まる恋もあるって事だ。人生何事も経験だなぁ」
李蝶はそう言って笑い出す。
自分にもそんな事があった、と、暗に言われている様な気がした。
そんな恋が、李蝶にもあったのだろうか。
でも、それならば今ここにいるのは何故だろう。
そんな恋が李蝶に本当にあったなら、李蝶はもう身請けされている筈なのに…。
しかし、そんな事を幸村は李蝶には聞けなかった。
外していた視線がふいに李蝶の視線と絡み、李蝶は何かを思い出した様な仕草をした。
「そういえば、今日も入ってんだろ?予約」
「え、うん、確かさっき見て来た時は」
「なら、そん時に言ってさっさとケリつけちまえ。どっちにするのもお前の自由だ」
「ん。…有難う李蝶。やっと狂さんに返事出来るよ」
幸村はにっこりと笑って立ち上がった。
まだ、先刻の余韻で顔が多少赤い。
でも、思い立ったら止まらなかった。
そんな事は気にしていられない。
言おう。今日。
狂が来た時に。
「なぁ」
「ん?何?」
「まぁ大体は予想できっけど、一応、どっちに決めたのか、聞いてもい?」
「んー、…内緒。狂さんに言ってからね」
「そ。んじゃあ相手終わったら教えて。俺、今日は最終の時間は入れてないから」
「分かった。じゃあ、また後でね」
「ああ」
李蝶がごろん、と横になって幸村に手を振るのを見て、幸村は李蝶の部屋を出た。
やっと決心がついた。
でもその前に、葎には言わなければいけない。
どうするのか、最終の自分の気持ちを。

幸村は李蝶の部屋を出て自分の部屋をも通り過ぎ、そのまま葎のいる部屋へ向かった。
今ならまだ仕事前で部屋にいるだろう。
花魁達に宛がわれた部屋のある建物から楼閣へ渡り、上へと続く階段を登る。
長く見えて実はそんなに長くはない階段。この楼閣が高いから、長く見えるだけだ。
そこを登りきって突き当りが葎の部屋。
少しずつ、下の開寵前の喧噪が遠退き、静かになっていく。
多少緊張感のあるそこは、下よりも温度が低い。
幸村は葎の部屋の前に立って一度深呼吸した。
そして心を落ち着かせて、口を開く。
「楼主、少し宜しいでしょうか?」
何と無く、ただ何と無く、自分の決断を葎に言ってしまって、楼主としての決定が『可』でも『不可』でも、どちらにしても決定が下るを思ったら、言葉が改まった。
ここまで緊張するのは久し振りだ。
葎はどう決断を出すだろうか。葎の楼主としての決断は絶対であり、しかしそれが間違っていた事は一度たりともない。
声をかけてから少しして、中から障子が開く音と共に葎の声が返って来た。
「入れ」
「失礼します」
幸村が障子を開けて入ると、奥の部屋へと続く障子が開いていた。
どうやらそちらで何か探し物をしていたらしい葎が、幸村を見てにっこりと笑う。
葎は人好きしそうな雰囲気や顔や表情をしているが、しかし一番侮ってはいけない人だと幸村は思う。
今までの経験で、ここでの知識と共に葎についても色々と学んだ。
「どうした?改まって」
「この間の身請けの話しについてちょっと…」
幸村がそう言うと、少しの間の後葎の顔からは表情が消え、しかし何かを悟った様な微笑になって、手に持っていた本をぱたん、と閉じた。
そしてそれを適当な本棚に置くと、幸村に近付き、いつも話をしている所まできて座る。
その動作はやけにゆっくりで、まるで一つ一つの行動を確めながら動いている様だ。
「こっちに来て座れ。…どちらにするか決めたのか?」
「うん」
表情はそのままなのにいつになく真剣な口調になった葎に、幸村は少し不安感を覚えつつ、幸村は促された場所へと座る。
腰を落ち着けて座り、幸村は葎を見据えた。
いつの間にか、葎の目は楼主の目になっている。
野生に生きる獣の目。
射る様に見てくる瞳は、しかし恐いわけではない。
そんな瞳が、幸村を見据えた。
「どうするんだ?お前はどうしたい?」
「僕は・・・」


桜橋まで気紛れで客の迎えに出て暫く外で他の花魁たちと話をしていると、狂がいつもの様子でやって来た。
煙管をふかして紫煙をくゆらせながら、紫煙をまた吸っては吐き出して、また吸う。
黒い髪に黒い着物。
やけに目だけが爛々と赤く輝く獣そのものだ。
「狂さん、いらっしゃい」
「ああ」
狂は素っ気なく返事を返すと、幸村をちら、とだけ見て桜橋を渡る。
幸村も狂の横にならんで桜橋を渡った。

「お酒、いつもので良い?」
「ああ」
入口まで来ていつもの会話を繰り返す。
狂はいつもの様に「ああ」としか言わず、ただ関心が無いような素っ気ない返事を返してくる。
しかし、幸村は何処かいつもとは違う。
きっと、それは心持ちの違い。
幸村は返事をする決心がついた。
狂は、きっとこの後幸村の思いを知るなどとは、この時は思っていないだろう。
いつもと同じ様に見えているだろうか。
らしくもなく、緊張した。
「じゃあ、部屋、行こう?」
「幸村」
「ん?何?」
紙に書き終わった幸村は奥の自分の部屋に狂を通そうとした所で、狂に呼び止められた。
狂の目が、しっかりと幸村を捉えている。
しかし、そう思ったのも束の間、狂の視線は幸村から逸れた。
「…いや」
それだけ言うと、狂は慣れた足取りで先に部屋へと抜ける。
その後を、幸村は黙ってついて行った。
並ぶ座敷のあちらこちらで聞こえるのは楽しそうな笑い声と琴の音や囃子、睦言を囁く花魁の誘う様な甘い声。
客と並びすれ違う花魁達。
部屋の前まで来て障子を開けて中に入れば、狂が来る前に用意した灯篭と、奥の部屋には行灯。
多少薄暗い室内は淫猥な雰囲気を醸し出す。
「ねぇ、狂さん…」
幸村は狂の服の端を少し摘んんで狂の首に腕を回し、背伸びをしながらキスをせがむ様に狂の唇へ触れるだけのキスをする。
すると、ぐいっ、と腰を持ち上げられ、深いキスが返って来た。
「ン…っん」
深い深いキスは狂の舌が幸村の口腔を侵し、歯列をなぞられ、どちらのものともつかない唾液が幸村の口の端から零れ落る。
それは上を向いて深い接吻を、苦しげに、しかし必死でそれを返す幸村の喉元を伝っていく。
「…っは、ぁ…」
キスが終われば、今度は唾液の伝った後を、狂が舌を這わせて行く。
下へ下へと下りていき、やがて着崩された着物の間へと忍び込んだ。
慣れた行動。
慣れた行為。
「ぁ…ぁあんっ」
ちゅく、と云う音と共に、幸村の身体がびくっと跳ねた。
胸の突起を狂に良い様に玩ばれ、その度に幸村は反応を返す。
「きょ…さんっ・・ン…っ快ぃ・・よぉ」
その狂の愛撫は性に慣れた幸村でも芯を擽られて甘く蕩ける様に優しく、しかしそれは焦らされている様でもどかしい。
ぎゅっと狂にすがる様に抱きつけば、狂は満足そうに幸村を抱き上げ、奥の間へと連れて行った。

「幸村」
甘い声は低く耳に届き、ぞくん、と背筋に電気が走った様に幸村の快楽は高まった。
しかし、ここでこのまま行為に持ち込んではいけない。
一番始めにこうなる筈ではなかった事を思い出す。
「…待って。ね…狂さん」
幸村は布団に押し倒されたまま、狂の顔に両手をそっと添えた。
「あ?」
「前に僕に身請けの話ししてくれたの覚えてる?」
「…ああ」
「あの返事、今しても良い?」
「・・・お前・・・」
狂がいきなり、溜息を吐きながら布団から起き上がった。
そのまま布団の頭上に用意してあった煙管に火をつける。
「いきなり萎えるような事を言うな」
「あれ、萎えちゃった?ごめん」
「・・・チッ」
軽く舌打ちをして、狂は幸村に向き直る。
「で、何だ」
「え?」
「返事」
狂が呆れた様に紫煙を吐き出しながら云う。
紫煙は宙に広がって空気と同化していく。
蝶が舞うように白い煙は風に乗り、誘われるように何処かへとくゆる。
「あのね、本当に僕で良いの?」
「あ?」
「僕でも良いの?」
「どう云う意味だ」
「こんな仕事してきて、いろんな人に抱かれてきたし、狂さんが僕の事を飽きずにいつまでも側に置いてくれるのかどうか、正直自信無いよ…。でも、僕でも良いと思ってくれてるなら、僕は狂さんの所に行きたい。こんな僕でも良いなら狂さんの側にいたい」
それだけ言うと、幸村は俯いてしまった。
俯いていても分かる位顔が赤く見えると云う事は、どうやら自分で言って恥ずかしかったらしい。
そのまま幸村が黙り込むと、狂は口元に笑みを浮かべ、何も言わずに幸村の顎をくいっと掬って自分と目線を合わせさせる。
「それを云うなら俺じゃねぇのか?俺よりも上客なんていくらでもいるだろ。何で俺なんだ」
「何でって…僕は狂さんが良い…から・・・」
はっきりと何が良い、と言えるわけじゃない。
狂の『何』が他の客と違うのかと言われれば、人間はそれぞれ違うのだから違いだらけだ。
しかし、狂よりも金回りの良い客もいるし、優しく、自分の云う通りに抱いてくれる客もいる。
狂よりも激しく抱いてくれる客もいるし、自分を気に入ってくれて、御職に就かせていたいと云う理由だけで、自分を抱かずに話し相手としてだけでも通ってくれる客も。
中には、自分が疲れている時にはそれを悟り、抱かずに話し相手をしてくれるだけで良いと言って、その時はどんなに自分から誘っても抱こうとはしない客だっている。人当たりも良く、優しい客もいる。
その客たちの良い部分は、狂には無いものが多い。
でも、自分は狂が良かった。
初めて、本当に心から安心出来る客に出会った。
側にいたいと、心から思う。
「側に置いてくれる…?」
幸村は不安そうにそう問うと、狂は満足そうな顔になって、そして幸村を抱きしめた。
「ああ」
今度は優しく耳元で響く、甘く低い声。
それは幸村にとっては何よりも嬉しくて、幸村の頬には涙が伝った。
「ありがとう、狂さん」
狂の腕には更に力が篭り、幸村もそれに返す様に狂の背中に腕を回して抱きつく。
やっと返事が出来た喜びと、狂が自分を側に置いてくれるという喜び。
全ての喜びが一度に来た様な嬉しさ。
狂はそのまま幸村を再びゆっくりと寝かせると、深いキスが下りてきた。




「あっ…ぁあっ!すご…・・深い・・よぉ」
自ら狂に跨って狂のペニスをゆっくりと自分で内へと収めていき、やっと挿入ったと思った途端、その質量と熱の圧迫感に幸村は声を上げた。
でもそれが悦くて、幸村は自ら狂の上で腰を振る。
内の猛った狂の欲が、幸村を快楽へと追い立てていた。
「ンぁっ・・あっ・・アっ・・ぁあっ・・・」
自分の体重も加わって重力に従って腰が下へと落ち、狂を奥へ奥へと誘い込む。
いつもよりも奥まで届く狂自身は熱くて、幸村はそれをさらに奥に感じる様に腰を振った。
動く度にぐちゅぐちゅと厭らしい水音が響き、幸村のペニスは自身の白濁がとめどなく溢れ出してぐちゃぐちゃになってしまっている。
どうしようもない程の快楽にそのまま溺れてしまいそうで、幸村は必死で狂に抱きつくしかなかった。
涙が頬を伝えば、狂はそれを舐め取って、深い口付けを交した。
もうどれ位それを繰り返しただろうか。
長い長い快楽に、流石にセックスに慣れている幸村もそろそろ限界を感じている。
狂がよくこんなに長く保っていると思いながら、幸村は快楽に流されている思考の片隅で俗に云う『絶倫』なのだろうかとも思う。
ここまでくると、思考なんてモノは自分が考えている以上に無茶苦茶で、色々な方向へと飛んでしまう。
しかし狂を見れば、狂はまだ余裕そうに妖しく笑った。
幸村は既に狂の倍は達していて、足腰が立たずに力なんてロクに入らない。
声も初めは抑えていたものの、途中からそれも我慢出来なくなって出るままに出していたから、かなり掠れてしまっている。
ただ、快楽だけの為に、身体は意識に関係なく動いていた。
何故こんなにも長く続けているのか、もう自分ではよくわからない。
でも、辛いとは思わなかった。むしろ、嬉しいと思う。
ここまで素直に狂を感じられる自分がいる。
「狂さん…狂…さ…も…ダメ…」
頬には涙の痕が残り、口の端から伝う唾液や先刻飲んだ狂の白濁。
何も考えられない思考で、幸村は限界を狂に訴えた。
「イク…またイっちゃ…やぁああっ」
意識が一瞬遠のいてイキそうになった時、いきなり狂に腰を掴まれ、上げていた腰を一気に下へと落とされた。
グッと抉られるように最奥を突かれ、ビクビクと身体を痙攣させ、もう何度目か分らない性を吐き出す。
しかしそれはもう殆ど出なくて。
幸村はそのまま狂にもたれかかる様に意識を失った。


「そこのチビども」
幸村がぐったりと狂に身体を預けて意識を深い深い底へ落とした後、狂は小さく溜息を吐きながら苦笑した。
流石に、自分でもこんな華奢な体の『花魁』を相手にやり過ぎたとは思う。
でも、自分が戻ってくるまでは、寝ていて欲しかった。
狂は幸村を布団に寝かせ、廊下に居た小姓を二人を呼ぶ。
すると、烙葉と梨蓮はなるべく音を立てない様に静かに中へと入って来た。
しかし、入って来たと云っても、狂と小姓二人の間には奥の間とを隔てる薄い暖簾布がある。
そこから先は、今は小姓は入れない。
入れるのは、花魁と客のみ。
客がいる時は、奥の間には入らないのが規則。
「何でしょうか?」
「ここの楼主の所に案内しろ。話がある」
烙葉と梨蓮は一度お互いの顔を見合わせた。
楼主に何の用があるのだろう。そう思う反面、何の事か、察しがついていた。
こんな世界にいても、まだ大人になりきれていない小姓たちは、年相応に好奇心もある。
聞いてはいけないとは分かっていても、どうしても聞こえてしまうのが花魁と客との会話だ。
「畏まりました」
烙葉のものとも、梨蓮のものともつかない返事を聞いた狂は、薄い暖簾布をくぐり、宴の間を通って、二人に案内されるままに主郭へと向った。


一体あの時、自分はどうすれば良かったのだろう。
あんな風に完全に拒絶されて、自分に何が出来たのか。
結局、何にも変らなかった。前回も、今回も、拒絶された。
もう自分に望みはないのかもしれない。
それでも・・・
「幸村…」
サスケの吐息にも近い声は、風の中に消された。
さわさわと優しく吹く風は、サスケの髪を揺らす。
拒絶され、どうしようもない感情を抱えたまま、サスケは時間を持て余してしまっている。
何も言えていない。
言おうと思っていた事、何もかも。
ただ一つ言えた事は自分の本心だったのに、それが幸村を怒らせた。
何故か理由が分からない。
でも、幸村の凡てが忘れられない。
自分を樹海から拾って来て、生きる希望を与えてくれたのは幸村だ。
そして、こんな風に幸村を好きになってしまった。
初めて『性』を知ったのは、幸村からだった。
酔った幸村が、自分を押し倒した。
そのまま縺れ込む様に布団の中に入った事を覚えている。
ただ、自然に。
それが極当り前の様な行為だった。
あの温もりは、一体何処に行ってしまったのだろう。
楽しかったあの頃。
温かかった温もり。
優しかった幸村。
しかし、蝶の様にひらひらと舞って、遥か自分の知らない彼方へと飛んで行った。
「幸村・・・」
目尻が熱い。
屋敷へ帰る事も出来ず、サスケはその場でひたすら朝を待った。


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